うにの思考

会計、心理、日常、歴史などなどの記録

幼少期~小学校卒業までの勉強環境

最近、幼児を育ててる人からよく「小さい頃どうやって勉強してきたの?」と聞かれるので、
僕の幼少期から小学校卒業までの勉強についてまとめておこうと思う。

 

簡単に僕の学歴を紹介すると、4歳~小学校卒までは田舎の公立で、
地元私立の中高一貫校、東の国立大学に進学して、大学4年時に会計士合格だ。

(我ながら、母親ウケしやすい経歴だと思う)

 

本題に入る前に、これは単に僕の幼少期の記憶に基づく記載なので、
ぶっちゃけあまり参考にならんよ、という元も子もない結論だ。

記憶の外で母親がすごく教育に良いことをしていた、かもしれないし。
ただ、母に聞いてみても、習い事を数多くさせてみたくらいで、
特別に気を付けていたことはなかったそう。

幼少期の教育効果って高いらしいけれど、自分への影響ってわからんね。

 

では、本題。

3歳以前の記憶はほぼ皆無だけれど、少しだけ覚えているのは、
幼馴染と公園でよく遊んでいたこと。
家の前の広場で子供用の車を乗り回したりしていた。
アンパンマンが好きな普通の子供で、ロボット系のおもちゃを振り回してたりしてた。

保育園に通いだして、折り紙や音楽など、手先を使う遊びが好きだった。
あと、数字を1~1000まで全て、独り言で読み上げた記憶がある。
(数字を数えられるようになって、嬉しかったんだと思う)
また、スーパーに売っていたプラスチックの部品を組み立てるおもちゃが大好きで、
毎回お願いして買ってもらっていた。

 

保育園の後半あたりから、ベネッセの教材を母親とリビングでやっていた記憶がある。
チャレンジは小学校3年くらいまで続けていた。
塾には通ってなかったから、公文に通ってる友達のほうが予習が進んでいて賢いなぁ、と思っていた。
チャレンジが予習になっていたからか、
小学校のテストはほぼ100点だった。漢字は苦手で80点~だったけれど、
小学校のクラスに数人はいる100点族の一人、といった感じ。

で、小学校5年夏頃だったか、1歳年上の幼馴染が中学受験をすると母親が聞いてきて、
うちもやってみようということになり、四谷大塚系列の塾に通いだした。

中学受験対策の開始としては遅めだったらしい(小学4年からが普通と聞いた)けれど、
偏差値55くらいの学校であれば、小学校での勉強が簡単と思えていたら、
小学5年からでも十分追いつけた。

で、塾に通いだしてからは、1週間の勉強スケジュールを立てて、
自宅のリビングに張り出していた。(月曜日は8時~10時まで算数、等)
勉強はリビングで、両親は料理とかしていた。
勉強って、引きこもるより誰かに見られながらのほうがやるんだろうな。

数ヶ月間、計画に沿って勉強してたら、なかなか良い成績を取れるようになっていった。勉強スケジュールの計画が、僕の受験成功の重要な要素だったんだろう。

で、順調に成績を伸ばして、晴れて中学受験合格。
記憶の限りで、特別なことは何もやっていないという、面白みのない結論だ。

 

ここからは余談。教育関係で思いついた記憶をつらつらと書いてみる。

  • さいころから勉強とは別にトランプの神経衰弱が大好きだった。
    これが記憶力の向上になったのかもしれない。
  • 幼稚園の終わりごろまでゲームは買ってもらえず、
    小学校以降でも1日2時間まで(高学年になったら3時間)と、時間制限が厳しかった。
    テレビもあまり見ず、小学校中学年まで基本的に母親に勉強を見てもらっていた。 
  • チャレンジなどで、郵送する系の教材を取ったこともあったけれど、
    答え合わせを母にやってもらうか自分でやるだけで、郵送はしなかった。
    すぐに復習できないなんて、面倒すぎるからね。
  • 親戚や友達から算数ができる人扱いを受けて嬉しくて、外食で消費税込みの金額を暗算で計算したりしていた。
  • 習い事はスイミング(保育園~小学3年)、習字(小学1年~5年)
    サッカー(小学2~3年)、体操(小学3年~4年)くらいだったと思う。

以上、僕の幼少期の勉強環境で思いつくことをまとめました。

ぶっちゃけ、家庭環境や子供の性質によって良し悪しあるところだからあくまで参考だけどね。

それじゃ、また